朝起きると、そこには素敵な朝食が、、。感謝感謝です。
昨日も書きましたが、20年間ルワンダに関わっている日本人のMさんの家に泊まらせていただいたので、ルワンダ社会の変化からルワンダあるあるまで、、とても楽しくお話をさせて頂きました。紛争まっただ中のソマリアやジェノサイド直後の1994年にルワンダ入りし救護活動を行ったとか、、、
特に、その方はクリスチャンだったのですが、
クリスチャンの人々の「自己満足」を超えた、むしろ「自己犠牲」の精神からの活動について、感銘を受ける点がとても多かったです。
ルワンダにいると周りの多くのルワンダ人、日本人の方がクリスチャンでした。
私はそこで初めてクリスチャンの方々と深く話をしたんです。
やはり日本では新興宗教もキリスト教も一緒だと思われていたりしますが、、
私はキリスト教徒の方の倫理観や精神から多くのことを学べたと思いますし、これからも見習っていきたいと思っています。
あと、ルワンダでもやはり多い、物乞いの人びとにどう接することが出来るか、という話もしました。
物乞いの子にお金をあげちゃいけない、って考える人が多いんじゃないかなと思います。
私も一回もありません。
一人を助けただけで、皆のことを助けられるわけじゃないし、麻薬に使っちゃうかもしれないし、集団の中で争いが起きるかもしれない。
でも、そうやって、じゃあ私は関係ありません、知りません、あげません。っていう態度をとることは本当に正しいことなのか。と留学の最後の方から揺さぶられるようになりました。
自分にとってはすごい簡単。脳で簡単に処理できるし、あの子はできればルワンダ政府やルワンダ人によって助けられればいいな、と頭で願って終わり。
でも、今回お話をする中で、私は、やっぱり思考を停止しているだけなのではないか、と思いました。自分にとっては別に負担でもない程度の額や、1つのパン、それで実際に一人が幸せになることができる、一食、一時だけでも、空腹を忘れることが出来るなら、それでいいんじゃないか、と。むしろ、ご飯や小銭を分けることをしないで知らぬ存ぜぬをすることは、責任を逃れようとするあまりに、状況に対して何もアクションを起こしていないだけなんじゃないかと。
留学中に毎日のように彼らとすれ違い、彼らの目をじっくり見た時、「個人」と見て向き合った時に、やはり他人として単に処理できない/すべきでないのだと思います。
だからといって、じゃあ手当たり次第に分け与えればいいと言えないのが難しいところですが、、、、
私は、相手を「物乞いの子」としてではなく「個人」として見て、「考える」ことを忘れないようにしていきたいと感じました。
そしてその後、午前中は資料作成をしていました。
午後からは、あるプロジェクト?を進めるために、在ルワンダの日本大使館や移民局に行って質問。
アフリカンタイムを考慮すると期日に間に合うかかなり怪しい、、、
でもとりあえずスタートするしかないのかなと。
そして夜はルワンダでの親友のファビオラの家に泊まりました。
去年は一緒に授業を受け、家にも何回か泊まって一緒のベッドで寝たり水浴びをした仲なので、久しぶりの再会で本当に嬉しかったー。
夜ご飯が久々の、The ルワンダの家庭料理だったので、お腹を壊さないかかなり心配しながら挑みました。
結果、私のお腹はまだルワンダに対応してるらしい!
芋とご飯に付けてたソースが本当に美味しかったー!
夜はだらだらとお喋りしてたらいつの間にか寝ちゃってました。
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