ルワンダの道はきれいだ。
他の途上国に比べて、道のゴミはおどろくほど少ない。
しかし、ルワンダ人がゴミを道に捨てないか、というとそれは違う。
彼らは捨てる。思いっきり捨てる。大胆すぎて気づかない時もある。
食べたらペッと家の床でもするし、
ではなぜ道が綺麗なのかというと、片付ける人が居るからである。
政府の統制が強いルワンダでは、コミュニティワークやコミュニティーサービスと言われる無償労働制度があり、これによって市民が動員される。
または最下層の人間が最低賃金がないなかで最低賃金以下で働く。
先日仲いい友達とこれについて討論になった
というか、床にごく自然に紙が捨てられたのを見て、驚いた。昭和の文豪か初恋相手へのラブレターの書き損じじゃあるまいし
「どうしてゴミ箱に入れないの?」
「ゴミを片付ける人たちがいるからだよ」
「いやいやゴミ箱捨てればその人達の仕事減るじゃん」
「そしたら彼らの仕事なくなるじゃないか」
「それで仕事なくならないし、私達が捨てなかったらもっと綺麗に出来ると思うけど」
「でもここには階級があってゴミを拾う人たちは拾う人たちだから」
そこからはなしをすることすうじゅっぷん
ルワンダは中級家庭であればお手伝いさんを雇い、ゴミは捨てるもの、ツバははくものとして育ったし、謙虚さはやり方によって自分の地位を下げる行為になる。
つまり中級階級が下層階級を見下し、月0〜2万RWF(0〜2800円位)で働く人々は生活のために、中級階級以上の後始末や3k労働を余儀なくされている状況。
日本も同じだろうが、この国の貧富の差があまりにも広いことを日々感じる。
大学3年生で10ヶ月、ルワンダ留学。大学4年のこの夏、再び上陸中。ルワンダコーヒーを扱う学生団体Femme Café(東京外大)や、ルワンダの学生と創ったPeace Club(活動再起中←NEW!)で、平和に生きてたい23歳。
2013年7月21日日曜日
2013年7月18日木曜日
ケニアでの日本人殺害
ケニアで日本人が殺害されました
JICAの下請け機関で働く男性がお金を下ろした後に襲われたようです。
ケニア、特にナイロビは観光都市としてその存在感を年々上げている一方、治安の悪さにおいても東アフリカの中で際立つ存在です。
以下詳細
アフリカのケニアで、日本のODA(政府開発援助)によるコンテナターミナルの開発工事に関わっていた日本人男性が、3人組の強盗に襲われ死亡した事件で、工事を統括する東洋建設の幹部が、16日夜、現地に向け出発した。
東洋建設によると、亡くなった協力会社の「イーストマリン社」社員・小川 悟さん(51)は、現地時間の15日午前11時半ごろ、ケニアのモンバサ市内の銀行で、現金およそ300万円を下ろし、事務所に戻る途中、3人組の強盗に襲われたという。
3人組は、小川さんが乗った車の窓ガラスを割り、金品を要求したものの、抵抗されたため、銃で小川さんを撃ったという。
その後3人組は、近くに待機していた2人組とともに、バイクで逃走したという。(FNNニュースより引用)
銀行で300万円をおろすという行為はアフリカにおいて決してよくある行為ではありません。100万円程下ろそうものなら銀行内のドルを根こそぎ奪ってしまうか、そんなお金はおいてないと言われるのが普通です。
現地の人の給料は年10万円あったら家族が十分生きていけるような社会です。田舎では未だに現金収入が0の人も多く居ます。都市から離れた農家の方で自給自足の生活をしている場合などです。日本人(というかアフリカ人以外全て)は金持ちという前提がまずありますので、お金に関しては特に注意が必要です。日本人は無防備な場合が本当に多いと言われますが、現地の人は生活のために襲う時は死ぬ気で襲ってくるんです。10万円の強盗でも何百万の価値を持っているというわけです。
これが計画殺人だったのか、突発的なものなのか、まだ記事からは分かりませんが、どちらにせよ銀行関連対策の重要性が再確認されたと思います。ルワンダの日本人の間でも注意喚起が為されました。ルワンダに住んでいると想像以上の平和さに気が緩んでしまうのですが、これからこのようなことがないように、アフリカにいる私達はますます気を引き締め万全な対策をしなければ、と思います。
アフリカの同性愛者(記事)
前回の記事と関連する記事。(2009)
http://abcnews.go.com/blogs/headlines/2009/12/africas-culture-war-the-fight-over-ugandas-antigay-bill/
ルワンダでも同様の法案がかけられていたんだなー。
ルワンダの記事。これも反対(2008)
http://www.newtimes.co.rw/news/index.php?i=13467&a=4809
http://www.newtimes.co.rw/news/views/article_print.php?i=1298&a=1143
アフリカの価値観がよく分かると思います。
特にキリスト教への信仰が深い人が多いルワンダでは、聖書へ逆らうという時点で他の理由はいらずに反対という人が多い印象。
http://abcnews.go.com/blogs/headlines/2009/12/africas-culture-war-the-fight-over-ugandas-antigay-bill/
ルワンダでも同様の法案がかけられていたんだなー。
ルワンダの記事。これも反対(2008)
http://www.newtimes.co.rw/news/index.php?i=13467&a=4809
http://www.newtimes.co.rw/news/views/article_print.php?i=1298&a=1143
アフリカの価値観がよく分かると思います。
特にキリスト教への信仰が深い人が多いルワンダでは、聖書へ逆らうという時点で他の理由はいらずに反対という人が多い印象。
2013年7月16日火曜日
ルワンダ人と結婚すべきだ
こんなことを言ってくるおじさんがよくいる。
というかおじさんが居たとすると、そのおじさんと、珍しい外国人によってきた周りの暇そうなおじさんたちがみんなで言ってくる。
今日もお店に入ったら、仕事終わりで飲んでるおじさんに捕まった。終わってないのかもしれない。朝から晩まで飲んでるかもしれないようなおじちゃん達。
この結婚くだりを既に100回位は繰り返しているので正直面倒臭い時もある。
よくあるお決まりジョークなのは分かっているのだけど、1,2,3,と来たらダーであるのと同じように、挨拶して、職種聞いて、国籍聞いたら、結婚の話は欠かせないのがルワンダあるあるである。毎日聞かれると嫌になってくる
でもおじさんたちはチャーミングなので、今日もついついおしゃべり。
私達日本人がルワンダ人と結婚できないか、というとそれは否定できる。
アフリカ人と聞いて全くイメージの湧いてこない人も多いと思うが、実際今までに2人誠実で真面目で気の利くルワンダ人学生を見た。1人は国立大学の学生なのだが、本当にいい友だちだし、何よりこのルワンダの盲目的な社会において政府を比較的冷静に分析しているところが好印象。
もう1人は学校のクラスメイトで委員長をやってるしそれなりにしっかり者。いっつもキニヤルワンダ語が不自由な私を気遣ってくれる。
こんなルワンダ人なら日本人女性とも相性がよさそう。
そして私の先輩にもアフリカ人と付き合っている方も2人もいる。それをふまえるとアフリカ人との結婚という道は現実的な選択のように思える。もちろん彼らの大部分はお金を持っていないが、日本の若者より毎日を力強く生き抜いているアフリカ人の魅力はお金に打ち勝つものがあるだろう。
だが、ルワンダ人と結婚すべきだ、と言われると、否定したくなる。
そもそも、彼氏の基準は人種じゃないかな。肌の色でもない。文化の違いでもない。
私の中で優先されるのは、根底にある倫理観の基準が近いかどうか?
根本的な感覚が近ければ、細かな経済的社会的文化的差異は克服できるだろうなーと思う。多分。そんなことを現実的に感じたのはルワンダ人と仲良くなってからだけど。
一番いい交わし方は
「私は牛100頭は必要だよ☆」っていうこと。
花嫁の家に牛を送るのが、ルワンダの文化なんです。
というかおじさんが居たとすると、そのおじさんと、珍しい外国人によってきた周りの暇そうなおじさんたちがみんなで言ってくる。
今日もお店に入ったら、仕事終わりで飲んでるおじさんに捕まった。終わってないのかもしれない。朝から晩まで飲んでるかもしれないようなおじちゃん達。
この結婚くだりを既に100回位は繰り返しているので正直面倒臭い時もある。
よくあるお決まりジョークなのは分かっているのだけど、1,2,3,と来たらダーであるのと同じように、挨拶して、職種聞いて、国籍聞いたら、結婚の話は欠かせないのがルワンダあるあるである。毎日聞かれると嫌になってくる
でもおじさんたちはチャーミングなので、今日もついついおしゃべり。
私達日本人がルワンダ人と結婚できないか、というとそれは否定できる。
アフリカ人と聞いて全くイメージの湧いてこない人も多いと思うが、実際今までに2人誠実で真面目で気の利くルワンダ人学生を見た。1人は国立大学の学生なのだが、本当にいい友だちだし、何よりこのルワンダの盲目的な社会において政府を比較的冷静に分析しているところが好印象。
もう1人は学校のクラスメイトで委員長をやってるしそれなりにしっかり者。いっつもキニヤルワンダ語が不自由な私を気遣ってくれる。
こんなルワンダ人なら日本人女性とも相性がよさそう。
そして私の先輩にもアフリカ人と付き合っている方も2人もいる。それをふまえるとアフリカ人との結婚という道は現実的な選択のように思える。もちろん彼らの大部分はお金を持っていないが、日本の若者より毎日を力強く生き抜いているアフリカ人の魅力はお金に打ち勝つものがあるだろう。
だが、ルワンダ人と結婚すべきだ、と言われると、否定したくなる。
そもそも、彼氏の基準は人種じゃないかな。肌の色でもない。文化の違いでもない。
私の中で優先されるのは、根底にある倫理観の基準が近いかどうか?
根本的な感覚が近ければ、細かな経済的社会的文化的差異は克服できるだろうなーと思う。多分。そんなことを現実的に感じたのはルワンダ人と仲良くなってからだけど。
一番いい交わし方は
「私は牛100頭は必要だよ☆」っていうこと。
花嫁の家に牛を送るのが、ルワンダの文化なんです。
彼らとの戦い
ルワンダに来て、不満に思うことは予想より遥かに少ない。
しかしそんな平和な日々を壊す唯一の敵が存在する。
それは奴らだ。至る所に忍び込み、隙をついては仲間を増やす。
最初は驚き動揺したものだが、待っていても誰も助けてくれないと悟った時、私は一段階強くなった。
彼らに対して感情を一切打ち消すこと、この能力を極限にまで高めることで、必要以上の体力消耗を防ぐ。
しかし今日は勝手が違った。彼らは私のお風呂用のポットに潜伏していたのだ。敵は10匹以上…。でかい…
私はカトリック系の独身女性寮に住んでいて、そこでは1日に一回お湯を支給してくれる。しかしそれを取り逃すと、ポットは寮の暗くて湿っている場所で夜保管されるため、このようなことが時々起こる。
前回は無我の境地に至らず、ポットを振り回した結果、ポットごと破壊した。怖かった‥
前回は無我の境地に至らず、ポットを振り回した結果、ポットごと破壊した。怖かった‥
しかし今回の私は違う。5ヶ月の訓練の成果もあり、集中力を高め、根絶やしとし、これにて一件落着。
しかし悔しい。私の精神状態は崩され、その後の食欲にも影響をおよぼすこととなった。
なぜ彼らは私と共生できないのだろう。いやこれは人間の問題か。彼らはおそらく共生できるのだが、私はできない。
例えばこれを紛争の理論に当てはめると、どうなるんでしょう
この紛争が彼らと私との間の「両立不可能な目標」に起因することになります。
これを分析するツールは色々あるのですが、その中の1つがconflict onionといって、Position, Interest, Needという3つを明らかにするものです。
私のポジションは彼らを部屋から追放することであり、あちらのポジションは部屋に居着くこと。Interestは繁殖を防ぐことや清潔さを損なわないこと(あと単に見た目がよろしくない)とか。あっちのinterestは食と住を安定し、繁殖すること。私のneedは守られたい。あっちのneedは生きることでしょうか。
暇だったのでこんなくだらないことを考えてましたけど、結論としては
例えばこれを紛争の理論に当てはめると、どうなるんでしょう
この紛争が彼らと私との間の「両立不可能な目標」に起因することになります。
これを分析するツールは色々あるのですが、その中の1つがconflict onionといって、Position, Interest, Needという3つを明らかにするものです。
私のポジションは彼らを部屋から追放することであり、あちらのポジションは部屋に居着くこと。Interestは繁殖を防ぐことや清潔さを損なわないこと(あと単に見た目がよろしくない)とか。あっちのinterestは食と住を安定し、繁殖すること。私のneedは守られたい。あっちのneedは生きることでしょうか。
暇だったのでこんなくだらないことを考えてましたけど、結論としては
人間ってすごい!強くなれるんだから。(成れるのか、慣れるのかは知らないが)
2013年6月25日火曜日
ゲイやレズ達(LGBT)の権利?
いきなりだけどLGBTの人々の結婚する権利って、日本だとどう考えられてるんだろう。
*LGBT=女性同性愛者、男性同性愛者、両性愛者(バイセクシュアル)性転換者・異性装同性愛者(トランスジェンダー)
これを考えたのは今日授業で、この対立、結婚を主張する側と反対する側についてディスカッションがあったからだ。
2,000年に世界初の同性婚をオランダが認めてから、ヨーロッパではスペイン、スイス、ベルギー、最近ではフランスが異性婚と全く同じ権利を与えた法律の制定で話題となり、イギリスも追随すると考えられている。
アメリカのいくつかの州やメキシコ、ウルグアイなどでも認められており、カナダに至っては居住条件なしで同性婚を認める唯一の国らしい。
私は結婚を認めて良いと考えた。ほとんど知識のない私は、本能的な意見になってしまったが、すっごい単純に言えば私にとって同性間の結婚の禁止はクランや皮膚の色で結婚を禁止するのと一緒に感じるから。平等な人権という概念に則って、結婚と同様の枠組みにすることに慎重になるべきかもしれない。しかし、少なくとも税や相続のシステムにおいて不公平が存在しない枠組みを作ることが、基本的なニーズを守る上で国家に必要とされることじゃないかと思う。
しかし、教室のルワンダ人は全員NO。12vs1。孤独な闘いだったが、色々と面白いディベートになった。
反対の理由は宗教上の教義の人が多かった。彼らにとっては聖書で禁止されている以上、同性結婚はanti-christの考えである。彼らの権利も理解できるけど教義上賛成できないと言っている人も居た。また、跡継ぎを生み、家を絶やさないことが肝要だという意見も多かった。昔の日本とも同じ意見だろう。
しかし、そのような議論を通り越して、私はある一点がとても重大な問題と感じた。そもそもルワンダの中に同性結婚の問題が存在すること自体知らない学生が多かったことだ。ルワンダには近年同性結婚のアドボカシーを行う機関も存在するというのに。近隣諸国のウガンダやケニアで関連法案が議論を巻き起こしているというのに。
アフリカの国々では同性愛は「白人の文化だ」として、考えを端から拒絶反応を起こす人も多いことを聞いたことが会ったが、今回もそれを強く感じた。外国人が運んだ同性愛の文化はアフリカの文化とは相反するものであり、同性愛者の権利の促進を西洋諸国が行うことは西洋文化の押し付けだという。人々の間に、特に教育を受けてないものの間では、性的マイノリティに対する態度は不寛容とも感じる。そして聞いた話では、性的マイノリティーの人々は周囲に相談せず、引きこもるしかなくなるという。これは問題が文化によって押さえつけられ、不可視化されているということじゃないか?
まず、そのような性的マイノリティの人々は実際に居り、差別や偏見と戦って一生を生きることを余儀なくされている現実があるのだから、人々はその事実に自覚的にならなければいけないと思う。自分の国には問題がない、と考えるのが一番こわいのだ。
そして、聖書を盾にして説明することは、説得力を持たないことに気づく必要がある。90%超がキリスト教のルワンダにおいては、それで済むのかもしれない。しかし、信仰が厚いあまりに、聖書で罪とされる条項に関しては不寛容になりがちではないか。同性愛は聖書で禁止されていることを理由に、多くの人が反対をしていたが、聖書を元に反論するならば
例えば。聖書の中で宗教上の罪とされる条項は多くある。キリスト教の中では人はみな、自身がそれを守ることの出来ない罪人であり、それをキリストが自らの死によって贖い、赦しを与えてくれていることを元に、相手を赦すことも根本原則としてある。(キリスト教の方、訂正が有ったら御願いします)
しかしながら同性愛といった時にはそれが罪であることを取り立てて扱い、同性愛者嫌悪や不寛容が先行することが多い。意識的に人間が犯すsinが赦され、無意識的に異性愛者でいることができない人々のsinが断罪であるように扱うのはいかがなものかと思う。
(もちろんキリスト教の人がみな同じように考えているわけではない。私のクラスメートに多かっただけで、同性愛者の権利を真剣に考えている人は山ほどいるし、上記の考えは他の宗教でも、特にイスラム圏で起こっている。)
と、ここまで考えたところで、自分の中での最大の矛盾点に気がついた。私は日本のことについて全くと言っていいほど知らなかった!
さて、日本だとどうだろう。
日本の憲法は同性の結婚を認めていない。
日本国憲法第24条1項「 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」
2項「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」
婚姻が夫婦によるもので夫婦が両性と規定されているので、夫婦の定義を広義に改正しない限りには婚姻は不可能である。
その代わりに日本では養子縁組制度が代替として使われてきたそうだ。親子とすることで、家族関係を結べる。そのために欧米諸国に比べれば歴史的に両性愛者からの法に対する反発は少ないという。
とはいってもやはり真の婚姻関係を求める側からは、少なくとも婚姻に代わるパートナーシップ法の創設が望まれている。パートナーシップ法は両性愛者が親子縁組というかたちではなく、平等なパートナーとしての地位を保証する。
アルジェリア人エンジニアの知り合い(イスラム教)も、婚姻関係には強く反対だが、パートナーシップ法として、区別された方であれば賛成できると言っていた。
時代とともに性的マイノリティーの権利は強く主張されている。今のルワンダの価値観を否定するつもりはない。しかし現在のように文化的価値観によって議論そのものが不可視化されている状況を脱することは必要だろう。議論を十分にした上で、ルワンダ人によって判断が為されるべきじゃないかと思う。
そして日本においても同様に、婚姻関係をめぐる権利について議論の用意をしていく必要があるだろう。現在の自民党はレインボープライドというとても有名な同性愛者のための団体のインタビューの中で性同一性障害は取り組む必要があるが、結婚は異性間のものなので同性愛は人権問題として取り組む必要がない、という方針だそうなので、政治に任せておくと、そんな動きはやってこない危険性が非常に高そうではあるけれど。
2013年6月19日水曜日
癖ってうつって癖になる
適応能力の高さにはそれなりの自信がある。
日本社会の文脈においていうと、個性が埋没したり意見を言わないことと結びつきそうだけど、ここで言う適応能力は異なる文化への適応能力で。
私は日本の文化に誇りを持っているし、簡潔に言うと、好き。
だが、他の国の文化も同じように平等に評価したり、良いと思ったり使いやすいと感じたものは自然に生活の中に取り込めるし入り込める方だと思う。
ルワンダ人は挨拶やうなずく時に、あごをあげるようにしてサインを送る時がある。
日本では他人をあごで使うようで忌み嫌われるが、
ルワンダ女性がやるとなんか、意味深げで、いい。
とか、ぼんやり思っていたらいつの間にか、完璧に移っていることに気づいた。
返事をする時、挨拶をする時、離れていても使えるので便利。
日本でよくある、「あっ挨拶するか、しないか・・・」みたいな駆け引きをする必要もない。
ルワンダでは皆が皆に挨拶してるし、遠くの人もあごグリーティングでそつなくこなせる。目があって、自然に挨拶していると、相手との内緒の暗号のようで楽しい。
こんなこと考えてるの私だけかもしれない。
でも、なんか好き。
そして日本で言うと「なんなの!」とかいいたくなるときには、
チッチッチッと舌打ちのようにする人がいる。
つまり「仕方がないなあ」とか「可哀想に」など、驚嘆や同情を示す時に。
友人らによると舌打ちとこのサインは違うから行儀悪くはないとのこと。
であるが、こちらからすると一緒にしか聞こえない。
そして初めて聞いた時には行儀悪いなーと思ったけど、今では・・・
ルワンダ人よりもしているかもしれない。
日本に帰って舌打ちとあごコミュニケーションは、危険だ。
わかっちゃいるけどやめられない。のでした。
日本社会の文脈においていうと、個性が埋没したり意見を言わないことと結びつきそうだけど、ここで言う適応能力は異なる文化への適応能力で。
私は日本の文化に誇りを持っているし、簡潔に言うと、好き。
だが、他の国の文化も同じように平等に評価したり、良いと思ったり使いやすいと感じたものは自然に生活の中に取り込めるし入り込める方だと思う。
ルワンダ人は挨拶やうなずく時に、あごをあげるようにしてサインを送る時がある。
日本では他人をあごで使うようで忌み嫌われるが、
ルワンダ女性がやるとなんか、意味深げで、いい。
とか、ぼんやり思っていたらいつの間にか、完璧に移っていることに気づいた。
返事をする時、挨拶をする時、離れていても使えるので便利。
日本でよくある、「あっ挨拶するか、しないか・・・」みたいな駆け引きをする必要もない。
ルワンダでは皆が皆に挨拶してるし、遠くの人もあごグリーティングでそつなくこなせる。目があって、自然に挨拶していると、相手との内緒の暗号のようで楽しい。
こんなこと考えてるの私だけかもしれない。
でも、なんか好き。
そして日本で言うと「なんなの!」とかいいたくなるときには、
チッチッチッと舌打ちのようにする人がいる。
つまり「仕方がないなあ」とか「可哀想に」など、驚嘆や同情を示す時に。
友人らによると舌打ちとこのサインは違うから行儀悪くはないとのこと。
であるが、こちらからすると一緒にしか聞こえない。
そして初めて聞いた時には行儀悪いなーと思ったけど、今では・・・
ルワンダ人よりもしているかもしれない。
日本に帰って舌打ちとあごコミュニケーションは、危険だ。
わかっちゃいるけどやめられない。のでした。
登録:
投稿 (Atom)