今、大学の友達がルワンダに遊びに来てくれているため、ルワンダをちょこちょこと案内しています。
キニャルワンダ語の世界、全く新しい環境、空気、人
戸惑うのも当然だと思います。
来たばかりの彼女に説明をしていると、自分の6ヶ月前をそのまま見ているようでした。
挨拶や質問にどう返したらいいかも分からない。
想像以上に通じない英語とフランス語
至る所で感じられる文化の違い
同じ年の学生との経済力の違い
途切れる水と電気
おそらく標高が高いために生じる不眠やだるさ
時間通りに来ない人々
虫さんたち
などなどなど
こうしてみると6ヶ月前、挨拶もままならなかった時期と比べて、少しばかり私のキニャルワンダ語も上達してきたように思います。最低限のコミュニケーションと簡単な時制の応用は大分出来るようになってきました。キニャルワンダ語なんて覚えてどうするのか、将来何の役にも立たないじゃないか、そう思われる方も多いとは思います。
私も最初はそう思っていましたし、英語とフランス語がある程度のレベルに達することが語学面での目的でさえありました。多くの人々がキニャルワンダ語だけを話すことに気づいた時は、ショックでさえありました。
しかし6ヶ月目にして気づいたのは、外の世界では全く役に立たないキニャルワンダ語能力が伸びることで、私はとっても幸せを感じているということです。
また詳しく書きますが、私の留学における最大の目的は「アフリカの人と社会を知ること」でした。ゴガクはそのためのツールですから、ルワンダにおけるキニャルワンダ語は最強の武器になるのです。キニャルワンダ語を使った時、周囲の反応はまったくちがうことを感じます。その土地の文化を尊重できない人やただ調査や援助の対象として人々を見ている人の多くはローカル言語を覚えようとしませんが、日本に住んでいておはようさえも覚えようとしない外人を想像すれば、地域の言語を覚えることの重要性が自ずと感じられるでしょう。
極端な言い方かもしれませんが私は顔も知らない、興味ない人たちを助けるなんてこと、私は偽善でもできません。偽善から生まれた一方的な援助は、対象地域の人々に逆に悪影響を及ぼしたり、更なる搾取の一助となるケースが跡を絶たないからです。私は偽善でもいいから助ければいいじゃないかとは思いませんし、一方的で上から目線の援助は被援助側も望んでいないんではないかと思うのです。
しかしこうやってキニャルワンダ語を使い、人々と接することは、私が自然にルワンダの人々に好意を抱くきっかけをつくってくれました。そして一緒に彼らの苦しみを分かち合いたいと心から思えるような人たちにも多く出会いました。6ヶ月前には1つのコミュニケーションも取れなかった人々と談笑できるようになりました。
もちろんいろいろな面で問題は起きますし、絶対に好きになれない人もいます。文化の違いに戸惑いを覚えることもまだまだあります。でも今はルワンダの社会で生きることに幸せを感じていますし、単に自分にルワンダがあっていると思います。残り4ヶ月、もっともっと色んなことを知りたいし、そのために外では何の役にも立たないキニャルワンダ語をもっと上達させたいと思います。
これからタンザニアに旅行に行ってきます。
帰ってきた後はジェノサイドのサバイバーと加害者との和解の推進の活動について、何回かに分けて詳しく書きたいと思います。
大学3年生で10ヶ月、ルワンダ留学。大学4年のこの夏、再び上陸中。ルワンダコーヒーを扱う学生団体Femme Café(東京外大)や、ルワンダの学生と創ったPeace Club(活動再起中←NEW!)で、平和に生きてたい23歳。
2013年9月11日水曜日
2013年9月6日金曜日
焼けない不思議
ルワンダに来て、結構外に出て歩いてる時間が多い。
ルワンダ人の移動が足が基本。
みんなゆっくり歩いている。
というわけで道路にはいつも人がたくさんいる。
子供も外でかけっこをしたり、おばあさんが木陰でお昼寝していたり。
ところで、はたと気づくと、日本に居る時と比べ、肌が焼けていない。
私はとても焼けやすい体質で、中学校でも通学10分間外に出ていただけで真っ黒だった。
しかしルワンダでは焼けていない。
ある人が言うにはルワンダは日本の7倍紫外線が強いらしい。。
では、なぜだろう。
疑問に思って、知り合いにそれを伝えてみると、
「周りが全員黒いから気づいてないかもしれないけど、十分焼けてます」
なるほど、人間って無意識に相対的な物の見方をしてるんだなあと納得した。
ルワンダ人の移動が足が基本。
みんなゆっくり歩いている。
というわけで道路にはいつも人がたくさんいる。
子供も外でかけっこをしたり、おばあさんが木陰でお昼寝していたり。
ところで、はたと気づくと、日本に居る時と比べ、肌が焼けていない。
私はとても焼けやすい体質で、中学校でも通学10分間外に出ていただけで真っ黒だった。
しかしルワンダでは焼けていない。
ある人が言うにはルワンダは日本の7倍紫外線が強いらしい。。
では、なぜだろう。
疑問に思って、知り合いにそれを伝えてみると、
「周りが全員黒いから気づいてないかもしれないけど、十分焼けてます」
なるほど、人間って無意識に相対的な物の見方をしてるんだなあと納得した。
2013年9月4日水曜日
今日から。
よく留学が楽しそうだね、と言われます。
楽しいです!実際。
そしてルワンダを選んだことを後悔することはほぼありません。
しかし、いつもフェイスブックではリア充投稿以外はしなかったのですが、もっと複雑なことや、伝えきれないこと、面白いことがたくさんあります。文化が違いすぎて、理解不能なこともたくさん。
自分一人で考えるタイプなのですが、同じような興味を持っている友人がせっかく沢山いるのですから、それをシェアすることは有益なことになると思います。
また、未完成の文章を出していく度胸も今の私には欠けているので。
ということでブログを公開にしました。いくつか削除した後で笑
といっても
性格上こまめには更新できないし(←22年間で学んだ諦め
毎日パソコンに向かうのも嫌なので、
今までどおり、時々、皆さんに共有できたらいいなと思うことを
暇な時に書きたいと思います。
そこでアフリカに興味がもっと湧いたり、
身近に感じて下さったら幸いに思います。
コメントを下さったらとても嬉しいです。
コメントを下さったらとても嬉しいです。
・・・更新しても通知は特別しないと思います。
そして変な虫がパタパタうるさくて眠れません。
そして変な虫がパタパタうるさくて眠れません。
2013年8月16日金曜日
乾季の終わりに水を思ふ
2ヶ月間ほど、雨を全く見ませんでした。
季節が次々と変わりゆく日本と違い、ここは快晴、生活に適した温度。
日本と違い湿度が低いので、暑くても心地よい、不思議な感覚に襲われます。
空が青く晴れ渡り、建物に邪魔されないパノラマを見ながら散歩するのが私の趣味です。
私が乾季が好きなのは、やはり道路事情の影響です。
道路が石で出来ているところは問題ありませんが、土で出来ている道路は悲惨なものです。
更に舗装されていないどころか、自然が舗装されるのを拒否しているから、だからほったらかしにされているのか?と疑問に思う程の道も多くあります。
そこでそのような道を歩くことでサンダルはぐっちゃぐちゃに汚れますし、下手をすると足を切ります。(サンダルを履かなければいいのですが、サンダルが好きなので)
もう一つあげるとすると、ルワンダでは雨が降る=約束守らなくていい
という感覚で生きている人が多いからです。
これはルワンダあるあるの1つであり、「言い訳があれば、遅れてもいい」という文言が立法化されているのかと思わせるほど徹底された集団行動です。
雨が降ると当然のように授業の出席率は50%を切ります。傘を使って間に合うように行くという考えは微塵も見受けられません。もちろん貧困ゆえに傘を買えない人も居るわけですが、お金がある友達も傘を買ってないどころか、雨の中で移動することを拒否してました。
雨→言い訳できた!→行かない
生活には乾季が過ごしやすいのですが、75%を占める農民にとっては事情が違います。水の枯渇は土から生命力を奪い取ります。地域によって水が豊富な地域とそうでない地域に分かれるルワンダでは、南部は比較的水源が豊富ですが、東部になると1時間かけて水源に行かなければならない地域も多いとのこと。そこで日本からの援助としては、東部にはJICAや青年海外協力隊の皆さんが多く水の量的質的な向上に励んでいるようです。
キレヘでは、私がきた後に雨が降ると、お客さんが雨を呼んできた!という感じでとても感謝されました!そんな諺があるようです。いいお客さんは雨を呼んでくる的な。
それからは雨が降ったからといって気分を沈めてないで、喜んでもいいのかな、と思うようになりました。
この乾季の終わりの時期は、乾季の始めよりも断水がひどくなってきました。
汗だくで帰って水が出ない時の絶望感と言ったら、、、水風呂でさえとてもありがたいことだと実感されます。水ゆとり地区のブタレでこれですから、他の地区はさぞかし大変でしょう。
日本に居たときよりも自然の影響力を感じて生きてる気がします
2013年7月25日木曜日
Arrest in kigali
BBC 7/25
Eleven members of a breakaway Catholic group have been arrested in Rwanda after they tried to deliver a "vision from Virgin Mary" to President Paul Kagame, urging him to make reforms.
The group had staged an illegal protest outside the presidential residence in the capital, Kigali, police said.
Protests outside Mr Kagame's home are extremely rare, correspondents say.
The opposition accuses him of running an authoritarian regime since he took power in 1994.
However, his supporters and Western governments credit him with ending a genocide that killed some 800,000 people before his rebel forces seized power in Rwanda.
The BBC's Jean Claude Mwambutse reports from Kigali that those who were arrested came from the little known Intwarane group, which is not recognised by the official Roman Catholic church.
Police chief Emmanuel Gasana said the group was arrested as it was heading towards Mr Kagame's home in Kigali's wealthy suburb of Kiyovu.
1, 現地記者(おそらくルワンダ人)による、彼らがインテラハムウェから来たという情報が怪しすぎる。UK政府とRwanda政府の繋がりを考えても、信憑性を疑わざるをえない。
2, 記事からするに暴力的な運動ではない。逮捕するに十分な理由が本当にあったのか。
しつけ、、、とはなんぞや
「子どもの時、母さんのしつけはとっても怖かった、、!」
と大学の親友のS。
可哀想なことに、ルワンダの人は子どものしつけに暴力を使うことがとっても多い!
と大学の親友のS。
可哀想なことに、ルワンダの人は子どものしつけに暴力を使うことがとっても多い!
長い木の棒を、子どもを叱る時に使う。
私の仲がいい友達はもれなく両親からの暴力を受けていた。
「自分が子どもにする気はない」でも「当時は普通のこととして受け止めていたよー」とS。
しかし、この習慣がルワンダ社会に及ぼしている影響は計り知れない。
暴力を用いたしつけ方しか知らないから、子どもを同じようにしつける。
特に昔からの習慣を保ち続けている田舎で顕著だ。
特に昔からの習慣を保ち続けている田舎で顕著だ。
私は子どもには絶対暴力を使いたくないと思う。
日本における暴力と教育のジレンマについても同様。
精神力、体力、経済力、社会的地位、全てにおいて無力で無抵抗の子どもに暴力行為を振るうということ、卑怯じゃないかなー。
とか言っといて、ストレス溜まった時にコツンとやったりしないかちょっと不安←
でも直接的暴力だけに留まらない。その後の人格の根源に関わる問題。
なぜかというと、生まれつき攻撃的な子どもは居ないはずで、性格形成の根幹を担う幼児期の暴力はその後の人生を狂わせることだってある。
児童虐待を教育だと言われて育った子供が、暴力なしの教育をどうやって知れるのか。
親の一発が子供の子供にまで、または社会のどこかで暴力行為として発散される責任をどうやってとれるのか。
子供のトラウマは長期化するという点でも問題がある。
私が親から受けた暴力というと、一発しか思い出せない。
しかしその一発が私の長期に渡る反抗期の引き金を引いた。(気がしないでもない。)
一発だけだからなのか、それとも陰湿な性格だからか!今でもその時のことは詳細に覚えている。
トラウマは特定の色や味覚、映像、音、匂いで容易に蘇り、完璧に忘れ去ることは不可能に近いって言われてる。
子どもの一生に関わる大きな問題。
だがこの国では学校でも(昔よりは減ったそうだが)暴力が教育として容認されているし、問題意識も格段に低い。日本でも暴力が教育に必要という意見もあるが、自分の教育能力の低さで生じた必要性であって、自身の問題やストレスを子どもに投げつけているだけじゃないのか、というのが私の思うところだ。
Powerの定義は色々あって、人にどんな影響をどれだけ与えられるか?というのが1つの定義としてあり、分類分けが試みられていると最近知った。その中でも肉体的なダメージや心理的な脅迫を伴った力は、本当の力じゃないと思う。本当にすごいのは、相手を説き伏せる力。心理的に相手の自主性に働きかける力なのかなと思う。
ルワンダで児童の権利の認知度向上のためな活動を行なっている機関は知っているが、そこの活動で子どもへの暴力が取り上げられることは驚くほど少ない。
そもそも文化的暴力の側面が根強いため、暴力として認知されること自体が少ないのかもしれない。つまり、文化の中で育ってしまった常識から引き起こされる暴力だから、その暴力が「常識的に考えて」問題として認識されないということ。
新しい世代が、しつけとしての暴力を否定してくれたことは、とても嬉しいことだと思った!
2013年7月21日日曜日
理論と実践:ジェンダー
Most of men support the idea of "Gender Equality" although there are less men who can do in practical way.
Today I had a conference about Gender with 200 rwandan people and 10 foreigners. In the discussion, the various opinions making me so excited were expressed from different point of view. So I really appreciate this opportunity to share our minds and learn theoretical perspective of Gender Equality.
However, despise academical conversation in the discussion, I realize that it is only in terms of theory that men could agree with and understand the women's opinion. Just after saying that gender equality should come true through the change of whole society, they say that they cannot wash their children because this work is reserved for women !!
I am strongly sure that men never understand the feeling of women. Off course I know there are many men who care about gender issues with all their heart. However it is women who can really address the gender issues and help themselves. Most of people who have power, I mean men, cannot know the feeling of those who take lower statues than these of mens. I think that is why they sometimes unconsciously violate the right of women.
Some men asked the question that "the notion of gender equality came from outside, European country, then, accepting the imposition of western thoughts can be good for us?" I really agree with the importance of protecting tradition. Thus I think Rwanda don't need to accept any western notion, even human rights. Because nobody can say that western culture is always better than rwandaise. It is not the truth.
However, it matters little if rwandaise chose to adapt the notion of Gender Equality that came from european because it is only a one of tools in which we might improve the statues of women.
The point is that IS THERE ANY PEOPLE WHO SUFFER FROM PRESENT SITUATION?
The question is simple. There are people in need. Why not help them? How can we help though which from today?
To advocate the idea of Gender Equality is one of the tools in order to make everyone recognize that issue. If rwandaise don't want to westernized any more, no one should force them to use. Instead, problems are there. How can we address? What is the way to changing society?
It is the next step.
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