2013年10月14日月曜日

太湖地域の平和

今日は「平和」の意味を考えた一日でした。

ルワンダは治安がいいと言われています。
住んでみても、今まで盗難や事件にあったことは一回もありませんし、人々は大体優しく、他の地域に比べると驚くほど平穏です。

人々の挨拶でも
Ni amahoro?(Is Peace) 平和?
Ni amahoro.(Yes) うん平和−。

といった掛け合いがよくされています。

しかしその平和とは誰にとっての平和でしょうか?
ルワンダは平和だ、と言った時、その平和は「ルワンダ国内」の「一部の」国民にとっての「消極的な」意味にとどまっていないでしょうか。
ルワンダ政府が関わることにより複雑化しているコンゴ情勢を無視したものになっていないでしょうか。
ブルンジでの一時的な停戦の先へ進むために、ルワンダからできることはないのでしょうか?

例えば、今ルワンダの治安がいいことはもちろん喜ぶべきことです。
しかしだからといって、ルワンダ政府の関与が明らかであるコンゴ紛争に見て見ぬふりをし続けていいのでしょうか。
その政府を支持している以上、国民には国家の行動に責任が伴うと思います。
コンゴへの関与の絶対的な否定や、彼らが野蛮だから戦争が続いているといったような発言をする人、関与を認めつつも現在の政権の方針を指示している人。
情報公開がされていないこと、法律で表現の自由に規制がかかっていること、などもちろん政府に反する行動をおこしにくい社会であることは確かですが、それでも一部のルワンダ人の態度に疑問を抱きます。

今日は新入生の歓迎会を開きました。
その中で短時間のディスカッションの時間を作りました。私達が設定したテーマは「<太湖地域の平和>の意味とは」
以前まで留学生はわたし一人だったのですが、新しくコンゴやブルンジからの留学生が大学に来ました。これにより、ルワンダ人だけで話すことが出来る平和から、もっと視野を広げたディスカッションができたと思います。

一人の学生が
Peace is not for certain person, but for all
と言いました。
We cannot achieve any kind of peace when any other country in great lake region is in war and there is someone who struggle from violence, hunger and poverty.

Given the situation in DRC and relationship among countries in GLR, we have to go beyond discussion. It means that Peace studies should be treated with practical means as much as theories.

一介の学生たちに何が出来るのか
武力介入を容認したままでいいのか。
現政権のいい面を残しつつ変えていくことは可能なのか。。

リスクがないアイディアは思いつきません。
国外追放や逮捕などのリスクはもちろん避けたいですが、
だからといって何もしないのでは日本に居て黙っているのと同じです。

Indeed, We need peace
という歌(友達作)が心に残りました。




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